プロフィール

コータ 日立市民大会優勝

どうも、コータです。

毎日学びの中に生きています。「死ぬ時に幸せだと思える生き方をする」ってのがモットーです。

 

カンタンなプロフィール

コータ 桜ロードレース

名前:菊地 康太(きくち こうた)

1989年5月3日に茨城県の日立市に生まれました。両親共働きのごく一般的な家庭で育ちました。

幼少時には戦隊モノにハマっており、いつもマネをして、誰かと戦っていました。

 

しかし、私の家庭は父が厳しく、それが全て。

父の常識の中で生きていて、

「ちゃんとしなければ…」と思って、自分を苦しめていました。

 

25歳の時、心屋仁之助さんの言葉で

ダメな自分を愛していい

そのままの自分で最高

という言葉に出会ってから、その常識が自分の常識とは違うものだとハッと気づき、

 

ずっと趣味でやっていたテニスをコーチとして本格的に始めるに至りました。

 

親の常識の中で生き、辛かった日々

コータ スカイツリー

小学校、中学校時代にはサッカーをやっていました。

ポジションはセンターバック(守備のポジション)で、「点を決められるぐらいなら相手を倒してでも止めてやる!」という少々空回りした気合いでプレイしていたものです。

しかし、その気合いがなぜか先輩の目には良く映ったらしく、先輩の試合にも出たりしました…。

何でも、「求めないとあっちから勝手にやってくる。ゆるい気持ちでいこう」と思えたのもそんなことがあったこの時期でした。

 

しかし、中学生のころから、「理由はわからないけど辛い毎日」でした。

勉強も部活も人間関係も特に問題はなかったのですが、理由のわからない虚無感にさいなまれていました。

なぜだか毎日つまらない、なぜだか毎日虚しい、そんな毎日がそれから長いこと続いていました。

 

今になって思えば、父が厳しい人で、それが我が家の全てでした。

「一流の大学に行け」

「サッカーをしろ」

「勉強は常にしろ」

 

このような父の常識の中でずっと生きていました。

そう、サッカーは父にやれと言われたから仕方なく始めたものだったので、それが自分の本当の好きなことからはズレていたのです。

 

父の常識が自分の全てであるとすりかえて、自分自身を苦しめていたのです。

 

そんな自分を何とか変えたくて、そして楽になる考え方を学びたくて、高校生になってからは自己啓発書を読み漁るようになりました。

その数、なんと2000冊以上。

人生の成功法則として、ちゃんとするよりも、自分自身が楽になる方法を探していました。

 

しかし、その答えは本の中では見つからないままでした…。

 

ずっとやりたかったテニスを始めた高校時代

コータ 笠松スポーツフェスティバル

高校からはテニスを始めました。

実は中学時代からテニスの王子様に影響を受け、ずっとやりたくてうずうずとしていたのです。

 

自己啓発書などを読み漁ってから、

「自分の未来は自分で行動しなければ掴みとれない!」

 

そう少しでも気づいていて、親の言いつけで始めたサッカーを断ち切り、自分のやりたかったテニスを始めました。

 

しかし、顧問がほとんど部活に顔を出さなかったため、「我流」でテニスを覚え、

全てのショットを全力で打ちまくるテニスをしていました。

 

もちろん、力みがあってはショットが安定するはずもありませんでした。

それでもテニスには勉強もしないで夢中になって取り組んでいたので、最高成績でも地区大会ベスト16まで入れました。

 

自由を掴み、夢と希望に溢れていた…ハズなのに

コータ 大洗

高校を卒業してから、大学に落ち、

良い意味で父の理想のレールから外れた私。

 

「こうなったらもうとことん自分の好きなことをやろう!」

そんな気持ちから、役者をやったり、一人暮らしをしたり、彼女ができたり…。

 

テニスはこの頃はできない環境でしたが、親の束縛から解放され、夢と希望に溢れた時期がありました。

 

しかし、彼女がなんと二股をしていて、警察沙汰にもなり、心身共に大ダメージを負い、

自分自身のダメな側面ばかり気になるようになってしまいました。

 

「父の教えに背き、自分一人では自立もできない自分には生きている価値がない」

そんな気持ちばかりが膨らんでしまっていました。

 

完全に肩の荷が下りたのは25歳の時

コータ ビール

「何か自分を奮い立たせなければ!」

そう思って本を読むようになってからも、読んだ直後にやる気が出るだけで、時が経つとだんだんテンションが下がってしまい、

新たな考え(知識)を貪るように吸収していました。

 

そんなことの繰り返しの日々。

 

「自分自身が楽になる方法を知りたい」

そんな気持ちで本屋に向かった時、とある本に出会います。

 

それが心屋仁之助さんの「がんばらない成長論」でした。

 

その中の一文に

ダメな自分を愛していい

そのままの自分で最高

 

こんなことが書いてありました。

 

それまで信じてきた

「ちゃんとしなければならない」

「しっかりした自分でなければいけない」

 

そういう常識がその文章を読んで崩れていく感覚がありました。

 

「…ねばならない」

という父の常識が私の心の中に深く入り込んでいて、今まで自分で自分を責めていたから辛かったのだと気づいた瞬間でした。

 

だからもう自分を認めて、どんな自分も許したんです。

 

最初はそう決意してもなかなかできませんでしたが、

毎日毎日、「自分はありのままですごいんだ。ダメな部分も受け入れていいんだ」と言い聞かせていく内に、

自然と自分を責めなくなっていき、気が付いたら心が満たされいました。

 

人は自分で自分を責めない限り幸せなんです。

自分で自分を責めるから不幸なんです。

 

好きだったことを仕事に

 

自分を受け入れてからは人生が好転していきました。

惰性で付き合ってしまっていた彼女と別れ、展望の見えない仕事にしがみつくのをやめ、

趣味で通っていたテニススクールにコーチとして雇って頂きました。

 

自分が好きで始めたテニス。

このテニスを人生かけて極めていきたい!

 

そんな自分自身の気持ちに正直に生きるようになれました。

しかし、コーチとしてはまだまだ未熟で、たくさんの悩みが出てきます。

 

コーチなのに球出しができなかった!

コーチはレッスンで生徒に優しく打ちやすいボールを球出しするのですが、それができなくてできなくて…。

練習でもブレる、安定しないので手出し専門のコーチをやっていました。

 

コーチなのに会員さんに負けた!

地域の大会には出ていた私。

三回戦で会員さんとあたり、まさかのストレートで負けてしまいました。

しかし、それが猛特訓をする強烈な動機にもなったのでした。

 

自分自身に磨きをかけるため、筋トレを導入

会員さんと戦い、なぜ負けてしまったのか?を研究した結果。

体格が明らかに違っていて、自分自身にはパワーと安定性が足りないのだと再認識できました。

 

そこで導入したのが、筋トレ。

暇があったら片足スクワットをしたり、腹筋をしたり、それまで反り腰で諦めていたきれいな姿勢にこだわるようになりました。

 

プロテインにも手を出すようになり、筋肉の質が大きく向上しました。

そして勉強していく内に「呼吸法」にも行き着き、テニスのパフォーマンスも大幅に向上しました。

 

日々学びと共に生きている

 

大好きなことの中にもやりたくないことが含まれているものです。

テニスは大好きなのですが、コーチングの部分で苦労しています。

 

人はそれぞれ体つきも性格も考え方も違います。

そしてまたテニスにも正解はない。

 

強いて言うならその人個々の理想に近づけていくといくことでしょうか。

アドバイスが腑に落ち、急に上達される方もたくさんいました。

コツコツとテニスを続けた結果、自分の打ち方を確立された方もいました。

 

会員さんが何かを掴んだ瞬間、その瞬間にコーチとして寄り添うことができる。それが私の働きがいです。

テニスコーチになってから、テニスのハウツー本、DVDは50本を超えました。

そこから学んだ知識や、現場で得た気付きをこのサイトでシェアしていきます。

 

【私の理念】について

コータ 焼肉

私は悩みのある方が毎日楽しく過ごせるような考え方を提供していきます!

 

ブログからこんな情報を発信していきます。

  • 楽になる考え方
  • テニスの技術向上
  • 本当に良い商品
  • 良い本の紹介
  • 成功法則
  • 楽になる精神論
  • メンタルケア
  • トレーニング

皆さんのお役に立てるようにテニスが本当に楽しくなるノウハウや、筋トレの実験報告など、読んでいて学びの多い、ブログを作っていきます!

 

菊地康太の応援をよろしくお願いしますm(_ _)m

 

今までは親のレールの上でもがいていましたが、だからこそ同じような気持ちの方に寄り添えると思っています。

  • ただ毎日を消化して生きているけど、どこか満たされない
  • やりたいことは何となくあるけど、言葉にできない
  • 親には「これが向いている」と言われ期待されている

 

そんな自分の本当のやりたいこと、夢を追うことができていないと感じる人にこそ

私の体験は活かせると思っています。

 

相談したい、応援したい。

そんな気持ちをぜひお伝えください。